2008年7月30日水曜日

夏風邪

 夏風邪をひいたらしく、この2週ほど体調がすっきりしない。
 回復期に入っているけど、その谷間のようでモチベーションがまったく上がらない。
 こういう時はネガティブなことを引き寄せがちになるものとどこかで覚悟している。
 その通り、連日、結構、重いテーマや思い相手との関わりが続く。

 この2年ほど冬場も風邪ひとつひかなかったので、何かの変化、何かのメッセージなのだろうと考え、原因や意図を探索するが、「これだ!」という答えも鈍った頭では浮かばない。

 結局は、いつも通り早起きし、朝日を拝む「日拝」を行い、右肩の上にいる守護霊に本日もよろしくとあいさつし、「幸せのソフト」として以前ご紹介した「親切」「明るく朗らか」「謙虚」「素直」「感謝」の五カ条を心の中で唱える。

 「再来週いっぱいでとりあえずこの世を終わりにします」
 と神様に言われてたとしても、きっと今ならこの習慣で連日変わらずいくな、という感じがする。


 男として尊敬している大好きな知人からおととい
 「自裁すること考えたけどやめた」
 と言って、手渡された

 ジョー・ヴィターリ、イハレアカラ・ヒューレン著「ハワイの秘法」を読む。

 表紙を見た瞬間、「こんなことあるんだ」と驚いた。
 待ち合わせた時間より早かったので、本屋に寄り、手にして迷いに迷い「まだ家に読んでいない本があるから次回にしよう」と買い控えたその本だったからだ。

 「今回のメッセージはこの本の中にあるのかもしれない、いや、きっとそうのだろう」とどこかで確信しながらぺージをめくる。

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2008年7月29日火曜日

秩父観音巡礼に想う 「知足のつくばい」



 ご存知の人もいらっしゃると思うが、京都の竜安寺には「知足のつくばい」がある。

 「つくばい」とは用を足した後に手を洗う場所のこと。石の中央には四角く穴が彫られていて水がたまるようになっている。

 四角の中央の穴を「口」という文字にたとえ、上下左右の文字と組み合わせて右回りに読むと、「吾唯足知」。

 「吾(われ)、唯足(ただた)ることを知る」となる。

 これは禅の格言である
 「知足の者は貧しといえども富めり、不知足のものは富めりといえども貧し」を示したもの。

 急な石段を登り、ようやくたどりいついた31番札所の観音院の境内で、お詣りの前に手を洗おうと視線を下げたところに、この「知足のつくばい」はあった。


 本家の京都・竜安寺の「知足のつくばい」を寄贈したのは水戸黄門で有名な水戸光圀(みつくに)である。

 「自分におごり、高ぶりが見えたら、いついかなる時もいさめてくれ」と家臣にいつも言っていた自らを厳しく律することのできる名君でもあった。
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2008年7月27日日曜日

秩父観音巡礼に想う 「銀座まるかんの案内板」



 「観音様」の導きに関わると思われる現象がかなり多いため、「秩父観音巡礼に思う」というタイトルははずしていたが、今回はちょっと復活。

 観音様巡りをしていてふと気づき、感心したことがある。

 それは、観音巡礼の34か所あるお寺すべてに銀座まるかんが、「案内板」を寄贈していたことだ。
 1番札所から5、6番札所ぐらいまでは「昔懐かしのアニメの一休さんを模したイラスト付きの案内板があるな~」くらいにしか気にとめていなかったが、案内板の裏側にまるかんの関係者の名前が記されているのが目に入り、それから注意して確認していたら、すべてのお寺にまるかんが寄贈していることがわかった。

 ご存じの方も多いと思うが、銀座まるかんの社長は斉藤一人さんという人で、93年から全国の高額納税者番付で10位以内にただ一人、11年連続で入る。ある意味、歴代の日本人の中でももっともお金に愛された人物のひとりである。
 人として、商人としての生き方、考え方に関する著書も数多く出していて、その多くがユニークで大変におもしろいのでご一読を。

 巡礼地に案内板を寄贈することで営業面での効果を単にねらったものではないということは一人さんの著書を読めばわかる。

 秩父巡礼地という歴史と伝統のある場所は、そう易々とは関わりを持てるものでもない。

 世話になった旅館の女将さんとたわいのない話をしていると、
 「観音様を巡り祈願すると不思議なほど営業ノルマが達成できると言って、休日に観音様をまわっている女性グループがたくさんいますよ」と言っていたこともどこかで関わりがあるのかも知れない。

 観音様は奥が深い。一度の巡礼で見える部分はごく限られたものであると心しよう。

 観音様に対して多くのお年寄りが熱心に手を合わせ祈る横で、今日も一休さんもどきのまるかん案内板がニッコリ笑いかけていることだろう。


 「やる気のある会社の取り組みの凄味をひとつ垣間見たような気がするな~」と思い出しながら改めて感心していたら、仕事で銀座まるかんの前を通ることになってしまった。
 玄関外に無料のくじ引きがあることに気づいた。


 神社でもおみくじを引くことなど滅多にないが、この縁に感謝して引いてみた。

 手にした紙にはこう書かれていた。

 「私は前進します みんなが待っている所まで ひとり」

 なんだか意味深な感じもするが、素直に「よし、前進しよう」と思った。

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2008年7月26日土曜日

夏祭り前夜




 夏祭りのシーズン到来。

 靖国神社の御霊祭りから日本の祭りが始まるという人もあり、そうであれば今年はその始まりに立ち会えたことになるのでうれしい。

 地元でも今日から2日間、夏祭りが始まる。
 この日は毎年、会場に敷物を広げ、酒や肴を持ち寄って、盆踊りを眺めながら、近所の友人、知人らと飲み語らうのが恒例行事となっている。数日前から夏祭りで会いましょうとの声を掛けられる機会が増えて、気分はますます盛り上がってくる。

 午後早い時間から太鼓を打つ音も鳴り響いてくることだろう。本格的な夏の到来を告げる音にも聞こえる。


 2週間ほど前から夏祭りの実行委員の人々が、櫓(やぐら)を組んだり、ちょうちんを下げたりし始めていた。本番3日ほど前には会場の準備もほぼ終了している。

 本番は大いに楽しみだが、個人的に毎年楽しみにしているのが、「祭り前夜」である。

 夏祭りの前の夜、ずらりと下げられたちょうちんすべてに灯がともり、深夜までともされ続けるからだ。

 僕はこの町に移ってきた初めての夏、仕事で遅くなり駅からの暗い夜道を歩いていた。
 帰宅途中にある夏祭り会場のグラウンドまで来た時、数多くのちょうちんの赤っぽい淡い光で煌々(こうこう)と照らされている非日常的な空間が目の前に現れ、僕は驚いてその場に一瞬、立ちつくした。

 誰一人いないグラウンドの隅のベンチに腰掛けて、しばらく何をすることなくその風景を眺めていた。自分だけの空間のような気がして、なんて贅沢なんだろうとその空間にしばし身を任せるままにしていた。

 前夜に深夜近くまでに全てのちょうちんを点灯させている本当の理由は知らないが、たぶん電球のコンディションを確認しているのではないかと思う。

 省エネが声高に言われるご時世になったから、来年もまたこの“前夜”が続けられるかどうかはわからない。今年は写真に納めさせてもらった。

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2008年7月25日金曜日

立花大敬先生の「道」

 
 先日、掲載した立花大敬先生の「食事係の心構え」がおもしろい!との感想を友人がメールで送ってくれたことに勇気を得て、感謝(このツボは自分だけなのかと思っていたのでホントに嬉しかったです!)の気持ちを込めて、立花さんの本の中でもうひとつ僕が心動かされた話をご紹介します。

 立花さんの人となりを知るうえでも、参考になる文章だと思います。

 
 またまたちょっと長いのですが、ご容赦を!



 

 僕の前に道はない
 僕の後に道はない
 僕の一歩が道となり
 次の一歩が道となる
 僕が道だ
 僕が道だ

 今回はこの詩の意味を考えてみましょう。

 私は若い頃、自分が歩むべき道がわからなかったのです。途方に暮れて、誰か「君の道はこれだ」と教えてくれる人はいないか、自分の道を指示してくれる書物はないかとさがし求め続けました。

 何度も『これだ!』と思いこみ、裏切られるという体験をくりかえしてきて、四十を過ぎてようやく、そんな道なんて実は無かったんだと気づきました。それが、『僕の前には道はない』です。

 なぜないのでしょうか。
 それは実に単純なことで自分は自分であって人ではないからなのです。

 私はイエスでもないし、ブッダでもありません。私は私という、この広い宇宙にたった一つの独自の生命体なのです。

 それは、イエスでもブッダでも同じことです。
 イエスは、イエスという独自の生命体にふさわしい、こうでしかあり得ないという道を歩まれました(そして、今も、もう地球での体験などケロッと忘れて、“今”の道を歩みつづけておられるでしょう)。ブッダもブッダだけが歩み得る道を見事に歩まれました。

 でも、それはイエスの道であり、ブッダの道であったのです。
 それは私の道じゃない。イエスさまの足跡を私がたどって歩いていっても、それによって私といういのちの独自性を発揮することはできません。

 ある有名な禅僧の弟子Aさんがいました。Aさんは師匠がなくなられた時、かたみの老眼鏡をもらったのです。Aさんはその時以来そのメガネをかけはじめたのです。まだ若い人だったのに、お師匠さまのマネをしたいのでしょうね。わざわざ不便をしていたのです。そして、年をとって、「ようやく、師匠のメガネでハッキリモノが見えるようになりました」と喜んでおられました。

 これも何だか変でしょう。イエスの道、ブッダの道をその通り歩もうというのも、これとまったく同じことなのです。人のメガネをかけないで、自分の眼でしっかり見る、あるいは必要なら、自分の今の眼の状態にピッタリのメガネをかけることです。

 モーゼの前に現れた神は『アイアム ザット アイアム』とおっしゃいました。
 これは、平たく訳すと、『私は私だ(オレはオレだ)』という意味です。

 神とは何かというと、そのように、自分が何か外の存在を頼ったり、進むべき道を教えてもらおうと依存せず、自分が自分の今・ココにしっかり腰をすえている、その姿を“神”というのです。

 ホトケ
 ほっとけ
 あんたはあんた

 イエス
 きりすて
 あんたは
 あんた

 私の絵葉書に、子猫を描いて、『へたくそでも自分の足で歩こうね』と買いてあるのがあります。

 私のこれまでの人生の歩みぶりは、紆余曲折(うよきょくせつ、曲がりくねっていること)があって、人から見てずいぶんカッコ悪いものかもしれませんが、私はイエスにしろ、ブッダにしろ、道元禅師にしろ・・・、これらの方々の歩き方をマネしませんでした。

 カッコ悪くても、へたくそでも、自分の足で、自分の判断で、自分の全責任で、一歩、一歩、ヨロヨロでも、オロオロでも、進んできました。
 これが私の生きる道で、これが僕にしか歩めない、僕だけの独自の道であったのです。

 どんなにちっぽけでも
 どんなにみすぼらしくても
 自分でつくったもの
 自分のいのちだから
 湧き出したもの
 それが一番輝いている

 風が吹けば
 転べばいい
 穴があったら
 落ちればいい
 どっちへどう転んでも
 君は君なんだから


 過去にもいろんなことがありました。『生活能力がないヤツ』と言われたり、『三十にもなってウロウロしているのか』としかられたり、軽蔑の眼に出会うことも多かったのですが、これらはすべて過去のことです。過去とは過ぎ去って、もう無いから過去といいます。
 もうないんだから、アカンタレの大敬さん、甲斐性無しの大敬さんも、もう無いのです。
 以前の私は、そんな、人から見た“大敬像”で、自分を決めつけてしまって、そんな“決めつけ”にもとづいて、自分の歩み出す方向を決めるというようなバカなことをしていました。
 四十をすぎて、ようやく『僕の後に道はない』と気づいて、今・ココの自分が、まっ新(さら)な、『はじめの一歩』を踏み出せるようになりました(八十からでも、百歳からでも人は新しく生まれ変わることができます。なぜなら過去はないからです)。

 雲門禅師はある月の十五日の日に、弟子たちに次のように質問されました。
 「十五日以前のことは問わない。十五日以後のことを一言いってみなさい」

 『十五日以前のことは問わない』、過去はもうないんです。以前は社長だった、以前はアカンタレだった・・・、すべてもう消え去ってないのです。
 このように、過去をすべてリセットしてしまって、また、まったく道のない未来の大地に向かって立った今、『君はどのように一歩を踏み出してゆくのか、一言で言ってみなさい』とおっしゃっているのです。

 この方向に踏み出せば、先に毒ヘビがいるかもしれない、この方向に行けば、落とし穴があるかも知れない、こちらに行けば宝物に出会うかもしれない、・・・。

 この雲門さんの問いに対して、弟子たちは答えることができませんでした。
 そこで雲門さんは、「私なら、日々是好日(にちにちこれこうにち)と歩いて行くよ」と答えました。

 どの日も、どの日も好日、最高の日。
 毒ヘビに出会ってよき日、落とし穴に落ち込んでも最高の日!と僕は歩いていくよとおっしゃっているのです。

 私が、人に依存せず、私の全責任で決断し、思い切って踏み出した道、この道はすべての比較を超越して最高の道、絶対の道です。

 わがいのちは強く、たくましいのです。毒ヘビに出会っても、落とし穴におちこんでも、そのことを栄養分に変えて、一層大きく成長していくのです。
 だから、安心して悩んでいい、迷っていい。

 これらすべての経験をふまえて、私たちは必ず、いつの日か、“ひとつのいのち”の故郷(エデンの園)に帰りつくことが決まっているからです。

 今日(きょう)ノ
 生日(いくひ)ノ
 足日(たるひ)ニ
 (祝詞(のりと)の一節より)


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2008年7月24日木曜日

我が家に神棚がやってきた




 我が家に神棚を設けた。
 あまりにも自然な流れでやってくることになったので、これも観音様の導きなのかもしれないなと思った。

 知り合いに神棚を商いとする人が何人かいるが、大きく仰々しいものは意識してやめた。
 「小さくても立派に神棚してます」というタイプの神棚を選んだ。

 またひとつ自分と向き合うよき機会に恵まれたと感謝している。

 これから神棚を持つ生活の始まりである。

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2008年7月23日水曜日

今日が「お金がどんどん入ってくる財布」取り替えの日

 5月に古神道の秘術の中にも「お金がどんどん入ってくる財布」と巡り会う方法があると教わり、ご紹介した。


 この方法は至って簡単で、
 「甲子(きのえね)の日に財布を買うこと(もしくは作ること)」。

 その「甲子の日」が、本日7月23日(水)なのである。

 甲子とは干支(かんし)60通りの中で一番始めに当たる「物事の原点の日」。
 この日を持って新しい財布を手にすると、それまでの苦しい状況ややりくりに困った内実を消し去り、豊かなお金の巡りへと導きがあるのだそうだ。

 ちなみに、次回の「甲子の日」は、約2カ月後の「9月21日」。

 ご興味がある方は「善は急げ」!

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秩父観音巡礼に想う 「食事係の心構え」

 

 秩父巡礼を始めて間もなくすると不思議なことが続々と起こり始めた。
 問題が解決したり、不安が解消されたりといった現象的なことだったり、人や物事との思わぬ喜びと驚きの出会いだったりした。
 不思議なこととはいうけど、たいがいは「あれっ、これは今までにない流れだな」と僕自身が感じることで、人には伝えにくいような些細なことも多いので決して大層なことばかりではない。

 自分自身に変化があるから、目の前の現象が変化するわけだが、変化のきっかけを与えてくれているのは観音様なので、「やはり観音様はいるのだな~」と僕は今回の旅を通じて確信した。

 今日はその中からうれしい作者との出会いについて。
 その人は、「立花大敬先生」。
 なぜ、「先生」をつけるのかというと、現役の高校教師だからだ。
 簡単にプロフィールを紹介すると、
 1948年大阪生まれ。大阪大学にて生物工学を研究。19歳(大学在学中)、禅に入門。以後、曹洞、臨済等の諸老師に指導を受けてきた。42歳、天命を知る。48歳、『しあわせ通信』を開始。著述、講演活動を展開中。

 著書も数多く出されているが、書店売りはほぼまったくといっていいほどされていない。だから名前だけは聞いていたが、一冊も読んだことはなかった。
 それが、朝4時に起きて巡礼の準備をしている時、ポンと立花大敬さんの名前が頭に浮かび、出発前で慌ただしいにもかかわらず、ネットで探し、通販で注文していた。
 その本が届き、読み始めたのだがおもしろいこと、おもしろいこと。
 禅の世界の人なので道元さんやお釈迦様がよく出てくるが、時には旧約聖書や故事にまで話題を広げながら、神々のこと、言葉のこと、この世の仕組みのことなどをわかりやすく紹介している。

 この中からまずは電車で読みながら思わず吹き出しそうになったお話をひとつ(ただ、知人に読んでもらっても全然笑ってもらえなかったので、「笑える」部分は差し引いて読んでください)。


 道元禅師が説かれた「食事係の心構え」について紹介してきました。

 でも、こんなのはみんな無駄でつまらないことに思えますね。

 世界はこんなに広いのに、ちっぽけな、うす暗い台所にこもって、トントントン、キュウリを切っている。何とつまらん、面白くないことをやっているんだろう、なんて思ったことはありませんか。

 でも、あえてそんなくだらない作業に身を入れ没頭してゆけば、そこに宇宙的なものが宿ってくるから不思議なんです。

 無心にトントントンと大根を切る、そのひびきが宇宙いっぱいに広がって、そのひびきで世界の安定をサポートしているんだといえば驚かれますか。本当はそうなんですよ。

 二流、三流の人が本を書いたり、講演したりしています。

 本物の、一流の聖者は台所で人しれず、トントントンと漬物を切っています。そのトントントンが聖書以上の聖書であり、仏典を超えた仏典なのです。

 無着(むじゃく)という僧が典座になって、台所で仕事をしていた時、光輝く文殊ボサツが突然カマドの前に出現されて、「無着よ」と呼びかけられました。

 すると、無着は、「うるさい、今仕事中だ。邪魔するな」と丁度手にもっていたひしゃくで文殊さまを打って追い払いました。

 今、私がするこの作業には大宇宙がこもっているんだ。文殊といえど、イエスといえど、この宇宙的なわざの邪魔をすることはできないぞというゆるぎない大信念を持っておられたのですね。



 お坊さんって、悟りを開くために毎日毎日厳しい修行をしているんです。
 それを導く役割も担う菩薩さまがせっかく現れてくれて「おい、無着よ」と声をかけてくれているのに、「あっち、行け」とひしゃくで打って追い払うんですよ。
 その情景を想像すると、僕はなんだかおかしくなって笑いが込み上げてきて仕方がなかったです・・・。


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2008年7月21日月曜日

秩父観音巡礼に想う  「オン ニコニコ ハラタテマイゾ ソワカ」




 18番札所の「神門寺(ごうとくじ)」の境内に、そのお地蔵さんはいらっしゃった。

 静かで穏やかな笑顔をたたえながら。

 名は「ニコニコ地蔵尊」。

 解説の碑には、ニコニコ地蔵の縁起がこう記されている。

 お地蔵様の御真言をオン カカカビ サンマエイ ソワカ という。

 ある和尚は、わかりやすく 「オン ニコニコ ハラタテマイゾ ソワカ」 と唱えた。

 カカは母の心限りなく大きく、広く、深い愛情をいう。

 お地蔵様は何時どこでもすばらしいほほえみを浮かべてすべての人々をいつくしみ、あたたかく見守っていてくださる。

 「疲れた身体をこの笑顔に癒され、ユニークなご真言を目にして笑みを浮かべ、新たな気持ちで再び巡礼の歩みを始めた人々がこれまで数多くいたことだろう」と秩父の澄んだ青空を眺めながら思った。

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「延命十句観音経」ここで聴けます

 命を延ばすというお経「延命十句観音経」の音声がYouTubeで聴けると友人が教えてくれた。

 http://jp.youtube.com/watch?v=tWQHIVgdO9E

 般若心経も人それぞれ唱え方に微妙な違いがあったりするので「これが正解!」というものはないのだと思う。何かの参考になればと思いお知らせします。

 延命十句観音経は、江戸時代に白隠禅師という臨済宗のお坊さんが、北野天神の神様に、このお経を広めて多くの人を苦難から救い出してほしいと頼まれたことから始まったそうだ。

 白隠禅師は「延命十句観音経霊験記」という本を書いていて、この中にはお経を唱えて救われた人々の体験談が数多く集められているらしいので、近く読んでみようと思う。

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2008年7月20日日曜日

トランプにみる宇宙の法則

 トランプを裏返しておいて、「スペードが出てほしい、スペードが出てほしい」と強く思いながら、トランプをひくと、スペードが出る確率がグンと上がる。

 次に「ハートよ、出るな、ハートを、出るな」と強く思い、トランプをひくと、意外なことにハートの出る確率もやはりグンと上がるのだ。


 これはいくつかの「宇宙(神様と言ってもいいかもしれない)の法則」をよく表している。
 心に描いた思いは、必ず叶えられる。強く何度も思うともっと叶えられるようになる。
 しかし、「いい」と「悪い」の区別は基本的にされない。「いい」にしろ「悪い」にしろ、思うとそのイメージの強さが叶えられてしまう。意識するとそれが目の前に現実化されるわけだ。

 だから、人や会社や家庭への不平不満、愚痴、陰口、悪口を人のこと、自分じゃないこととして言っているつもりでも、宇宙の立場としては「その人に現象として叶えてあげればいいんだな」ということになる。
 このため、悪口を言った相手は(改心して)良い人に変わるどころか、その人が言った通りのいじわるで陰湿でどうしようもない相手としてさらにパワーアップしてその悪く言った人の目の前に登場することになる。

 もうひとつは、この宇宙の法則を知るとネガティブナことは考えない、関わらないということがとても大切だということがわかってくる。
 イヤなことが起こっているということは、以前、イヤなことの“種”を自分がまいているからなのだ。
 その“種”をまいたのがどんなことで、いつのことだったのかと探す(基本的に数ヶ月、数年前の一瞬のことを思い出すのはかなり難しい)よりも、イヤなことがあった時にはそのことに対して、(本当は思っていないけど)「ありがとう」と言って言霊(ことだま)でその“イヤな流れ”をそれっきりで断ち切った方がいい。その方が幸せになるためにはずっと簡単だ。

 そして、それ以降は、なるべくイヤなことを思わないようにする。
 じゃあ、自分のクセでイヤなこと、不幸なことを思ったらどうすればいのか・・・・
 それは簡単である。宇宙の法則では、イヤなこと、不幸なことをふと思っても、それに“気づく”とキャンセルされるので、すぐに「あ、今の間違い、間違い」「なかったことにしてください」「キャンセル、キャンセル」と思えばいのである。

 あとは良いことを考える、自分に心地良いことを考えていく、ただひたすらに。

 すると、良いこと、幸せなことの”種”が次々とまかれているので、しばらくすると良いこと、幸せなことが目の前に次々と起こるようになる。
 この時も、「なんで」「どうして」と思わないで、素直な気持ちで感謝する。するとずっと続きます。

 その先には「悟り」があるらしい。「いい」も「悪い」も超えて心をからっぽに澄み切った状態にして、目の前に現れること、起こることを「ありがとう」と喜んでいると自分ではびっくりするような幸福と感謝に満ちたことが次々と起こるという。

 ここまでたどり着きたいものですね~

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2008年7月19日土曜日

命を延ばすお経「延命十句観音経」

 「延命十句観音経」と出会った。

 秩父の34観音様巡礼の途中から不思議な“現れ”が始まったが、これもまたそのひとつの“現れ”なのだろうと強く感じる。

 ともに歩いた人たちにも同じように、これまで経験したことがない“現れ”が起こっているようだ。

 観音様の導きなのであるとそれぞれが信じている。ありがたいことである。

 この「延命十句観音経」は命を延ばすといわれている。

 医者が見放したような病気の方のために家族の方が何千回、何万回と唱えられてその病気が消滅してしまったという話が実際に数多くあるそうだ。

 三千回唱えたあたりで消滅する。残り七千回をお礼と今後の健康のために唱え一万回が標準であるという方がいる。

 健康な方でも一万回唱えると不思議な境地を得て物事が驚くほど無理なくスムースに流れるようになる、苦しみが消えていくとおっしゃる方もいる。

 大変短いお経である。身近に病でつらい思いをされている方がいれば、そのことと自分が向かい合えるきっかけになれるし、治るならそれ以上のことはない。僕も治ると信じたい。お経自体、“信じる”ことのエネルギーの固まりそのものだから。

 緊急でない人も、連続してやれる数でもないので、無理なく楽しみながら自他の健康を祈願しながらやってはいかがかと思う。心落ち着くものである。


延命十句観音経
えんめいじっくかんのんきょう

観世音  南無仏  与仏有因  与仏有縁
かんぜおん なーむーぶつ よぶつーいん よぶつーえん

仏法僧縁  常楽我浄  朝念観世音
ぶっぽうそうえん じょうらくがーじょう ちょうねんかんぜーおん

暮念観世音  念々従心起  念々不離心
ぼーねんかんぜーおん ねんねんじゅうしんきー ねんねんふーりーしん



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2008年7月18日金曜日

靖国神社「御霊祭り」




 靖国神社の「御霊祭り」を最終日に訪ねた。

 東西線に乗り九段下駅で降りて地上に上がるとそこはすでに多くの人であふれている。

 第一の鳥居の下から、遠くに大村益次郎の銅像が見えるが、その下はどこまでも人、人、人・・・、そこをかきわけながら前に進む。

 時折、立ち止まり、見上げる薄暮のうっすら茜色に染まる空は美しい。

 普段は人混みは大の苦手でなるべく近寄らないようにしているが、祭りのにぎやかさはまた別。
 平日、静かに澄んだ気が満ちた靖国さんの境内が、あふれる祭りの熱気で別の場所のようだが、いくら人が押し寄せようとどこかに節度を感じるのはこの場の持つ清明さがゆえか。

 第二鳥居をくぐり、神門まで来るとグッと人数も落ち着いてくる。

 本殿には列ができていて、先頭にたどり着くと、職場の同僚2人と横に一緒に並び、英霊に頭をたれる。

 この地をすぐには去りがたく、にぎやかな境内に戻り、夜店に席を確保して、献杯かと思ったが、「いや、乾杯だろう」ということで杯をあげる。

 普段より量は飲んだつもりはないが、まわりの早い酒に気分を良くしながら御霊祭りの夜はふけていく。



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2008年7月17日木曜日

上野の西郷さんの周辺清掃に初参加


 日曜日の朝、上野公園に向かう。

 西郷さんの銅像周辺を清掃するためだ。

 JR神田駅の近くに「西郷隆盛に学ぶ『敬天愛人フォーラム21』」というグループがある。
 わかりやすく言えば“西郷隆盛ファンクラブ”のようなもので、僕は知人の紹介で今月はじめに、代表世話役の内(うち)弘志さんを紹介された。


 知人に1年ほど前に、携帯電話のメールアドレスを訊かれ、やりとりしたところ、次に会った時、「西郷さんが好きなんですか?」と訊ねられた。

 「ええ、そうです。どうしてご存知なんですか」と僕が言うと、

 「メールアドレスです」と笑って答えられた。
 
 10年以上前から僕の携帯のメールアドレスは

 「keiten-aijin(敬天愛人)」である。

 「天を敬い、人を愛する」

 西郷さんがもっとも好んだ言葉のひとつで、本人が揮毫した書も有名である。

 でも、10数年このアドレスを使ってるが、“西郷ファン”であることを見抜いたのはこの知人が初めてであった。

 何を思ったのか、「aijin(愛人)!?」と言って、僕の顔を見ながらニヤニヤした人は数人いたけど。


 内さんから、「敬天愛人フォーラム21」では3年ほど前から上野の西郷さんの銅像周辺の清掃を行っていることを聞いた。
 老若男女を問わず、鹿児島出身でない方々も西郷さんを敬愛するという一念を持って毎月1度、集まってボランティアで掃除をしていると聞き、薩摩(鹿児島)出身の者として故郷の大先輩を敬愛する者として黙って見過ごすわけにはいかない。

 ぜひ参加させてくださいとお願いし、13日、日曜日の集合時間午前9時の30分前には銅像前に到着していた。

 一番乗りで銅像をながめながら待っていると、内さんが最初に到着。その後、参加者の皆さんがふらりといらっしゃり、今回は計7人で清掃開始となる。

 まずは、西郷さんの銅像の前に横一列になり、これより清掃を始めさせていただきますとお断りのご挨拶をし、一礼する。

 4人は西郷さん銅像の周辺をタオルで拭き、3人は上野駅側の大階段を帚ではわく。

 上野公園には清掃業者の人が関わっているのでいつも園内はキレイになっている。
 それでも水を絞ったタオルでごしごし拭くともっとキレイになり、気持ちいい。
 拭き掃除を終えたので、階段の掃除の手伝いにも出かける。

 その間にもうひとつやらなくてはいけないのがカメラ撮影。
 フォーラムの皆さんは、西郷さんを敬愛しているだけあって、いずれの方々も素朴で心温かな方ばかり。3年に及び掃除も純然たる奉仕でやっており、そのためかPR意識の希薄。写真のような活動記録がほとんどないのだ。
 ということで、本日は即席の“記録班“にも変身した。


 第一印象が温厚で、おつきあいしても変わらずそうであることがわかった代表世話人の内さんだが、こと西郷さんの話になると俄然、熱を帯びてくる。表情まで変わるくらい西郷さんへの思いは高まる。
 最初に会った時に、だんだん熱を帯び、気が高まってくる内さんを見ながら、僕は背筋がゾクゾクと寒くなった。
 西郷さんのことで内さんが熱く語れば語るほど、周辺に霊が集まってきているのがわかったからだ。
 
 西郷先生を尊敬する者同士として、同郷の者同士としてすぐにうち解けたこともあり、僕は感じたままを内さんに言った。

 内さん「霊ですか、はははは」と笑っただけだった。
 僕もイヤな気のする霊体験ではなかったので、一緒に笑った。

 そんな内さんだが、この日撮った写真の多くに、白いモヤのような霊の姿が映っている。
 やはり思った通りである。
 澄み切った夏空の下で、西郷さんを慕う人々の姿を見ながら、やはり向こうの世界で西郷さんを愛する霊たちもきっと喜んでいてくれるに違いないと僕は確信した。

 始まりと同様に、西郷さんにご挨拶と一礼をして清掃は無事終了。

 毎月、第2日曜日の9時から上野公園西郷さん銅像前に集まり1時間~1時間半ほど清掃している。
 
 多くの方々にお時間をつくって一度ご参加してほしいと願う。

 「西郷隆盛に学ぶ『敬天愛人フォーラム21』」のホームページはこちらです。

  http://www.keiten-aijin.com/

 また、今月25日には朝崎郁恵特別講演会も開かれるので、こちらもどうぞ。

 <朝崎郁恵プロフィール>
 1935年奄美大島生まれ。奄美諸島で古くから歌い継がれてきた島唄の第一人者。島唄の研究に情熱を傾けた父辰恕の影響を受け、天性の素質を磨いた朝崎はすでに10代で天才唄者として活躍していた。現在、東京を中心に活躍中。後進の育成を図るとともに、日本各地の芸能や各国の民族音楽とも交流し、新しい島唄の創作に力を注いでいる。

 1959年 映画「エラブの海」のバックミュージックとして島唄を担当
 1982年 奄美島唄朝崎曾を主催
 1984年 国立劇場にて第1回独演会「朝崎郁恵 奄美を唄う」
 1989年 NHKテレビ「この人'89」に出演
 1990年 NYカーネギーホール及びLAにて「奄美大島民謡の夕べ」を開催

 日時:平成20年7月25日(金)
 時間:19:00~21:00
 場所:西郷隆盛会館(東京・神田駅すぐ)
 人員:先客40名
 会費:3千円 食事付き、奄美の黒糖酒(30度)呑み放題 
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2008年7月16日水曜日

「馬鹿」の始まりは「愚痴」

 

 不遇の時は「愚痴」が口を突いて出やすいもの。でも、よした方がいい。

 「愚痴」は梵語(ぼんご)で「モーハ」といい、

 それがなまって「馬鹿」になったといわれる。

 「馬鹿」の元は「愚痴」だったのである。

 「愚痴」を言えば言うほど頭の巡りは良くない方向に向かうということかもしれない。


 では、不遇の時はどう過ごせばいいのだろう。

 それぞれにいろんな過ごし方の知恵があると思うが、
 歌人・石川啄木は不遇の時の過ごし方をこう歌った。


 「友がみな われより偉く見ゆる日は

     花を買いきて 妻とたのしむ」


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2008年7月15日火曜日

「魂の波動を高めるためには」

 

 この質問は、前回で終了したはずの「私の遺言」で、佐藤愛子さんが中川昌蔵さんに投げかけた問いである。

 大変、印象深かったのに、うっかり記しもらしていたので、ちょっとご紹介。


 
 では魂の波動を高めるのはどうすればいいのでしょうという質問に対して、中川氏はこう答える。

 
 「難しいことは全くありません。

  学問も知識も必要ありません。

  人は一人では生きられない。私は生かされているーー。

  そのことを認識し、ありがとうございますという感謝の気持ちを表現すればいいのです。

  感謝することで魂の波動は上がります。

  実に簡単なことです」
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2008年7月13日日曜日

佐藤愛子「私の遺言」③ 幸福になるためのソフト





 「私の遺言」もこれでひとまずは最後。
 この作品の後半には、前にこのブログで書いた中川昌蔵さんが登場する。
 江原氏、相曽氏、そして中川氏(初っぱなは美輪明宏さんでした!)・・・、霊能者として役割は大きく異なるようだが、いずれもそうそうたる顔ぶれが登場してくる。


 ここで、中川氏が自身の著書にも書いている
 「幸福になるためのソフト」
 という五箇条があるので紹介しておきたい。


 「今日一日、親切にしようと想う。
  今日一日、明るく朗らかにしようと想う。
  今日一日、謙虚にしようと想う
  今日一日、素直になろうと想う
  今日一日、感謝をしようと想う。」


 ここからは少し長い文章になるが、この五箇条に秘められた意味を知ってもらうためにはどうしても必要だと思うので、抜粋掲載することにする。

 「これを紙に書き、いつも見える場所(トイレが最適という)に貼って毎日見ては心に染み込ませることが大事であるといわれる。教訓カレンダーにあるようなそんな他愛のない言葉、と多くの人は思うだろう。実は私もそう思った。だが次につづく文章を読んだ時、私の中で何かがコトンと胸に落ちた。

 「実行してはダメです。
 意識して実行すると失敗します。
 なぜかというとコンピューターというハードにはソフトが不可欠なように、人間は肉体というハードがあり、そのハードにもソフトが不可欠なのです。親切というソフトが必要なのですが、ソフトをつくる前に人に親切にしたら失敗してしまうのです」

 人間の大脳は左右二つに分かれているが、左脳は外部からの教育を受け、体験を積むことによって育つが、右脳は自分で啓発し反省することで成長する。右脳の感性は四次元世界の能力で、自分以外のものに価値を発見して喜びを感じる性質がある。
 宇宙は物質の世界とエネルギーの世界と精神の世界から出来ている。神は人間の大脳を左右二つに分けて、左脳は物質の世界に、右脳は精神の世界に対応する能力を与えられた。そして左右の脳がバラバラに働いて混乱しないように脳梁(のうりょう)という連絡路を作り左右の脳が情報を交流し合うように配慮してある。
 現代人の右脳はよく働かなくなっているが、それは物質世界の中で育ち、小学校から大学まで理論や数学や権利意識ばかり教育して左脳人間を作り上げた結果である。中川氏はいう。だから右脳にソフトをインプットすることが必要になってきたのであると。

 世には「善行をほどこせ」という言葉がある。だが善行をしなければならないという意識によって善行をすることは、波動を高めることにならない。剛情我慢はいけない。無理に立派な人になろうとしてはいけない。 大切なことは『想う』ことなのだ。その想いがいつか身についていること、それが大事なので、だからトイレに貼って朝夕眺めて、右脳に『スリ込む』のである。考えてみれば昔のおとなはみな、子供に対してこの『スリ込み』を行ったものだった。」

 以上、抜粋。


 土曜日の午前中はなんだか拍子抜けしていた。
 この5週間、土曜日は朝5時前には目覚め、秩父の観音様巡りに出かけていたのに、それを終えてしまったため、時間の過ごし方をどうすればいのかやや持てあまし気味だったからだ。
 実際にはやらなければならないことが山積みになっているので、そんな悠長なことは言っていられないのだが、気が抜けたような感じがどこかにある。
 それでも、朝、目覚め、日拝をし、友人らにメールを送り、墨をすって写経を書き、その筆で、上記の中川さんの五箇条を半紙に書いて、トイレに貼っておいた。

 焦って実行する必要はないのだ。僕の魂がこの身体を自然に動かすその時まで気がついた時にこの“幸福になるための文章“をのんびりと読み上げていればいいのだ。

 さて、さて、幸福はすでに動き始めている。それまでにやることも一杯ある。

 「目の前のこと、目の前のこと」


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2008年7月11日金曜日

佐藤愛子「私の遺言」② 日拝

 長年、霊に悩まされる佐藤愛子さんは、邪霊の引き寄せとはまた別の強烈な引き寄せを発揮するかのように霊能力に優れた人々と巡り会っていく。
 そうした特別な人々とのやりとりがこの「私の遺言」には詳しく記されていて興味深い。

 霊能者の中には現在、「オーラの泉」等で有名人になっている江原啓之さんも登場している。
 今でこそ日本を代表する「スピリチュアル・カウンセラー」となっているが、この当時はまだ20代の“紅顔の霊能少年”で、佐藤さんの北海道の別荘の浄霊に関わるが、若く未熟であったためか佐藤さんの願いを達せられず悩む場面も描かれている。

 こうした数々の霊能者の中で、特段に優れた霊能を有する者として本書に登場するのが、「相曽誠治(あいそせいじ)氏」である。

 「原始神道の真髄を究めた神道の大家。神人合一の境地を拓かれた聖者」と評され相曽氏はこの時83歳。
 
 初対面の場面では
 「・・・改札は混雑していた。その混雑の中からいかにも穏和な、『田舎の村長さん』という趣の、質素な背広に中肉中背の身を包んだ素朴な老人の姿が浮き上がるのが見えた。自身、威厳、何もない。ただ感じるのは初対面の人という気がしない、理由のわからない懐かしさのようなものだった」
 と佐藤さんは第一印象を述懐している。

 つきあいの始まった相曽氏は80代半ばで富士山の山頂での神事を日帰りで行い、阪神大震災を一週間前に電話で「近々、地震が来ます。ご用心なさって下さい」と注意をうながすなど、佐藤さんの常識や理解を超えた能力を垣間見せ、驚かせる。

 富士山の山頂まで行き日帰りで神事をする相曽さんに「なぜそんなことができるのか」と訊ねた佐藤さんに返した答えはとてもユニークなものだ。
 「天狗(てんぐ)が助けてくれますので」

 発生を予測した阪神大震災の時の言葉はこうだった。
 「神さまはお心を痛めていらっしゃいます」であり、
 「私どもの力及ばず、とうとうこうなりました。申しわけありません・・・」
 というお詫びの言葉だった。

 「一億数千万人の日本人の中の、いったい何人が、神戸の震災を『神の警告』であると認識するだろう。それを声高にいう者は嘲笑されるのがおちである」と佐藤さんは思いながらも、相曽さんに訊ねずにはいわられなくなり、こう訊く。
 「どうすればよろしんでしょう?」

 そう訊く佐藤さんに相曽氏はひと言こう言う。
 「日拝を欠かさないことです」

 「それだけですか」
 
 と念を押すと、
 
 「それだけです」
 
 という答えが返ってくる。


 この相曽さんが強く勧めている「日拝」とは、太陽を仰ぎ祈ることである。
 「太陽を仰いで太陽神の分魂(わけみたま)をいただき、毎朝、魂を更新すること」である。

 「不祥事や霊障は心の乱れや身の不浄があるために魔がつけ込んで生じる。それゆえ常に心すべきことは嘆いたり悲しんだりしないことで、悲嘆する前に慎み畏(かしこ)んで神にお詫びをし、魂を入れ替えることが必要である。即ち太陽の分魂を体内に取り入れて新しいものに変えていただくーーこれを日拝鎮魂法という」

 「我々の身体の丁度、お臍(へそ)の裏側に太陽神経叢(そう)がある。腹部と背骨との間に太陽のように十六条の光芒を放つ神経の束のことである。それが自律神経で、大脳の延髄の方から脊髄に伝わってきている。この太陽神経叢は自律神経を調整するので五感が適度に沈静化され、感覚は六感、七感に移って雑念妄想が遮断(しゃだん)されてやがては正しい霊感や直感の世界に入っていくことが可能になるという」

 「そこでその方法だが、朝の大気の清浄な時間にまず太陽を仰いで息を吸い込み、「アマテラスオホミカミ」と唱える。この時、「アマテラス」の「ス」のところで、「スーッ」と息を吸い込み、それから「オホミカミ」とつづけ、最後の「ミ」を言い切ると、息を継がずに「アマテラス」に戻る。息を吸うのは「ス」の音一カ所だけである」

 「日本の国を浄化し国の穢(けが)れを祓(はら)うには、これしかない」と相曽氏は言う。

 佐藤さんは「しかし、穢れを祓うどころか、多くの人は国が穢れて行っていることにすら気がついていないのではないか」と嘆く。
 

 このくだりは読み、2ケ月ほど前から続けている毎朝の「息長(おきなが)の呼吸法」に「アマテラスオホミカミ」の呼吸も加えた。
 毎朝の日課が穢れの祓いとなり国の浄化に少しでも関われるのであればうれしいことである。
 そこまで大それた事と無関係であっても、生まれたての日の出を前にして心落ち着け拝むことはとても心地よく、終えると何とも言えないすがすがしさが心身を満たすことが徐々にわかるようになってくる。
 この導きに僕は感謝している。

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2008年7月8日火曜日

今宮神社の大ケヤキの中に現れた仏様の写真


 埼玉県秩父市の「今宮神社」の境内にそびえたつ大ケヤキは、樹齢がおよそ1000年で県の天然記念物に指定されている。

 徳川家康が秩父に来た時に、この大ケヤキを見て、思わず馬から降り、時のたつのも忘れて見上げたという。その時、馬をつないだのがこのケヤキで、「家康駒つなぎのケヤキ」と呼ばれているそうだ。
 
 先日、訪れた際、近年、不思議な霊験があったと境内を案内してくださった氏子総代の方が説明してくれた。

 「新聞社の方が取材に来てカメラマンが大ケヤキを撮影したのですが、その写真の中にケヤキの中に仏様が姿を現わしているものがあったんです。とても驚きました」

 そう聞いて、大ケヤキをじっと見てみたが何も見えない。目の前には立派なケヤキの木が悠然とそびえたっているだけである。

 総代に案内の礼を言い、数枚写真を撮ってその場を後にした。

 それから数日後、写真を整理していると、その大ケヤキの写真に行き当たった。
 写り具合を確かめるためにパソコンの画面を見ながらマウスをクリックし拡大すると、そこには、はっきりと「仏様の姿」が写っていた。
 その姿は、木の中に鎮座(ちんざ)し、顔はやや右前方を向き、法衣(ほうえ)から合掌しようと持ち上げられた手元までもがうかがえる。

 肉眼ではまったく見えなかったのに、不思議なことである。

 写真に見入りながら、徳川家康公が、このケヤキを見た瞬間、「思わず馬から降り、時のたつのも忘れて見上げた」という故事を思い出した。

 日本史を飾った家康という人物の目には仏尊の姿がありありと見えていたのだろう。

 読者の皆様の末永き健康と幸せを祈り、ここにアップしました。
 この写真、さらに他のアングルから撮った写真が欲しい方は上記のメールアドレスまでご一報くだされば、後日メールにてお送りいたします。

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2008年7月7日月曜日

佐藤愛子「私の遺言」① 約束を守り、霊になって訪れた遠藤周作

 佐藤愛子さんの「私の遺言」を読んだ。
 この本は僕にとって“導きの1冊”であると読む前から直感があった。そのためページをめくるのが楽しみで、そして「何を伝えに来てくれたのだろう」と温かい気持ちで終始読み進むことができた。

 中身は、意義深いメッセージ、すでに自分に訪れているシンクロ現象の確認、ユニークなこと、新たな発見など、予想を上回るものだった。


 佐藤愛子さんが50歳の時に北海道に建てたばかりの別荘で超常現象、体調不良が始まる。
 その後、霊能者との交流を重ねながら、30年に渡って繰り広げられる浄化のための戦いをまとめたのが、この「私の遺言」である。

 
 まずはユニークな話から。
 これは、佐藤さんと知己の間柄だった作家の遠藤周作との話である。


 「遠藤周作さんが亡くなったのは平成八年九月である。その年の一月、遠藤さんから電話でこう訊かれた。
 「佐藤くん、君、死後の世界はあると思うか?」
 「あると思う」
 とすぐ私は答えた。遠藤さんはなぜあると思うのかとは訊こうとはせずにいった。
 「もしもやな、君が先に死んで、死後の世界があったら、『あった!』といいに幽霊になって出て来てくれよ。オレが先に死んだら、教えに来てやるから」
 「遠藤さんの幽霊なんか来ていらん!」
 と私はいい、話はそこまでで終わった。その前にも一、二回、死後のあるなしについて遠藤さんが訊いたことがあったと思う。
 遠藤さんが亡くなった翌年の五月の中旬だった。私は夜遅く、江原啓之さんと電話の長話をしていた。心霊についての質問やら相談をする時は、いつも夜の十一時こ頃である(それほど江原さんはスピリチュアリズム研究所の仕事が忙しく、日中は時間がとれなくなっていたのだ)。その時、話の途中で江原さんは突然、
 「あ、ちょっと・・・・待って下さい・・・・」
 といって言葉を切ったかと思うと、
 「今、佐藤さんの部屋に遠藤先生が見えています」
 といった。
 「多分、遠藤先生だと思います。写真で拝見しているのでわかります。茶色の着物姿で、そこの部屋の壁に懸っている絵を眺めたり、今はデスクの上に書きかけの原稿がありますね、それを見て・・・・人さし指で下の方のも持ち上げてニヤニヤしながら見ておられます・・・」
 私は言葉が出ない。私は十畳の洋室を書斎兼寝室にしている。その時はベッドに腰をかけて受話器を耳にあてていた。勿論、私には何も見えず、何の気配も感じない。「遠藤先生がこういっておられます。死後の世界はあった、こっちの世界はだいたい、君がいった通りだ・・・」
 私の身体を戦慄(せんりつ)が走った。驚きや怖ろしさではなくそれは間違いなく感動の戦慄だった。私は思い出したのだった。遠藤さんの生前の、あの会話を。
 ――もしオレが死んだら、教えに出て来てやるから・・・・。
 遠藤さんはそういった。そしてその約束を守って出て来てくれたのだ・・・・。
 呆然(ぼうぜん)としている私の中には何ともいえない懐かしさと嬉しさがこみ上げてきた。わっと泣き出したいような熱いものがたちのぼってくる。



 読みなながら、僕の胸の中にも熱く込みあがってくるものがあった。

 愛しい人、かけがえのない人は、死後もこうしてまた見守り続けてくれているのである。


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2008年7月4日金曜日

世の中で最も高価な“借り物”

 世の中で最も高価な“借り物”は何か。
 パッと浮かぶのはまず「お金」がある。小さい金額だとなんとかなるが、大きくなればなるほど返済を含めて大変になる。
 そうなると「お金を使うのではなく、お金に使われるようになる」から怖い。
 その他には、高額な宝石や衣類などがあるかもしれない。

 さて、この世で目に見えるもので、最も高価な“借り物”の回答だが、
 
 それは自分の「身体」である。

 「『身体』は借物じゃない。自分のものだ」と言う人がいるかもしれないが、身体は死を迎えても、魂はその後も永遠に生き続ける。

 魂はこの世で「身体」という肉体を借りて、人の生(人生)を送る。長くても100年ぐらいの“耐用年数”だから、そのへんになるとすべての人に“死”が訪れる。
 魂に死はないので再び四次元世界に戻り、次の転生輪廻(てんせいりんね)を普通は待つことになる。

 魂が肉体を借りてこの三次元の世に来る目的は、魂のレベルを浄化し、成長、向上させることである

 しかし、生きていく間にはこの肉体や大脳による欲望や感情に振り回され、引きずられ、なかなか浄化向上できない。
 ただ、これはレースにおける“障害物”のようなもので、魂を磨くためには必要不可欠なものであるようだ。

 借り物としての“高価さ”を示す証拠に、身体を粗末に扱い自殺した人は必ずは暗黒界(地獄)に行くことが決まっている。表現はいろいろあるが、東洋も西洋も、死後の世界に通じる能力を持つ人の意見は、「自殺だけはやってはいけない」「自殺者の行く先は、他の人間とは異なる『地獄』」であるという点で不思議と一致している。

 日本人の年間自殺者はゆうに3万人を超えている。
 もっとも高価な借り物である「身体」を粗末にした代償は他に比べようがないほど重く過酷だ。

 「自分の人生を最後まで生き抜くこと」が、この世に生まれた者にとって大切な使命であるということを改めて考えてほしい。

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2008年7月3日木曜日

「中川昌蔵の世界」④ 年齢~若さを保つ知恵~

 「中川昌蔵の世界」もここまででひとまずは終了。
 最後は、「年齢」について。
 きっと女性は必読の話だと思います。


 中川さんは「人間には3つの年齢がある」と言う。
 それは、
 ① 戸籍上の歳
 ② 肉体の歳
 ③ 精神の歳

 ある経営者の集まりで、中川さんは相談を受ける。
 中小企業の社長をしていた夫が急に亡くなったので、それまで専業主婦をしていた奥さんが代わって社長をしている。しかし、半年たっても誰も言うことを聞かず、困ってノイローゼになっているという相談だった。
 
 中川さんはその奥さんにこうアドバスをした。
 「あなたは地位は社長になったけれど、自分で社長とは思っていないでしょう。自分でも思っていないのに、社員が『社長』と言って尊敬するわけではありません。あなたが会社のことを知らなくてもよいのです。よくわかっている人を専務にして、あなたは、自分が社長であるということを自分によく言い聞かせなさい。そのためには、トイレのドアの裏に『私は社長だ』と大きく紙に書いて貼り、入るたびに声を出して読みなさい」

 「社長というのは本人に能力があるに越したことはないが、そうでなくても、できる人間を雇い、適切な指示を与えていけばよい」 
 「人間は能力も無視できないが、全て『その気』にならないとダメ」
と中川さんは述べる。

 そして年齢の話に続く。
 「私は女性に、40歳以上にならないようにと言っています。つまり、40歳を過ぎたら、60歳くらいまではずっと『40歳』で押し通してしまいなさいということです。
 そうすれば1年もすればその顔(雰囲気)になってきますから、50歳になっても40歳のままでいられ、周りからも若く見られるのです。
 ところが、自分自身で「ああ、もう50歳になった」と思えば、年相応の顔をしなくてはなどと自分でしわを寄せてみたりします。
 人間は寝ているときは、しわはありません。70歳すぎの人でも寝顔は40歳くらいに見えますし、80歳や90歳のお年寄りでも、死に顔にはしわがありません。しわというのは意識がつくるものなのです」

 「皮膚は意識を持っており、大脳のとおりに動きます。大脳が『疲れた』といえば疲れた顔になり、『うれしい』と思えばうれしい顔になり皮膚もつやつやします。
 また、悲しいときは悲しい顔になるというように、人間は実によくできています。
 それをうまく利用させてもらい、「私は40歳です」と鏡に向かって言い聞かせていれば、ずっと40歳のままでいられるのです。そして60歳を超えたら少しギャップがありますので、今度は「49歳です」で通し、50代、60代の大台にのせないことです。そうすればいつまでも若々しくいられるというわけです」

 そして、この章は、最後をこう結ばれている。
 「何事もそうですが、自分が思うように『私はこうだ』と思う込むことが大切です。
 そうすれば雰囲気というものがつくられます。雰囲気は自然にできるものではなく、本人とその周辺からつくられるものです」

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2008年7月1日火曜日

風邪を治すまじない

 3週続けて週末に足を運んでいる埼玉・秩父の観音様巡礼の旅もとうとう佳境に入ってきた。
 古い日本建築の建物やお地蔵様をはじめとする仏像、自然豊かな風景など、あまりにすばらしいので写真を撮りすぎてしまい、それを取り込んだ自宅のパソコンがダウンするというハプニングがあった。
 

 巡礼の旅のことは後々ゆっくりと綴るとして、
 今日は、「風邪が治る古神道のお呪(まじ)い」について。
 以前教えていただいていたので、数ヶ月ほど前に熱が出て学校を早退してきた息子に試したところ、身体が温まって発汗が進み、3時間ほどで38度を超えていた体温が36度前半にまで下がった。回復も早くその効き目を確認していた。

 これはおもしろいと思い、このお呪いを鹿児島にいる妹に伝えておいたところ、先週、同級生の子供さんが自分の誕生日なのに発熱してしまい参っているという話を聞いたので、教えてあげたらしい。
 3、4時間後、その同級生から妹に電話があり、急に汗をたくさんかいて、あっという間に熱が下がり、気分良く部屋でもう遊んでいると驚きの声でお礼を言われたと、当人は同級生以上に驚いて僕に電話があった。

 妹の同級生の素直さに感心するとともに、古神道の呪術の奥深さをさらに堪能させられた。

 現代の化学薬は即効性はあるが、他の臓器を確実に痛める。
 まったく薬を用いずに病が治るのならいうことはない。

 こうした現象と結果を見ると、先日ここでも書いた、ダライ・ラマの主治医が言った「病気の原因」は、
 「病気には3種類あって、内臓が傷んでいるもの(いわゆる病気)が3分の1、細菌が入り込んだものが3分の1、霊が病気を起こしているものが3分の1である」
 という話が妙に説得力を持つ。
 3番目の霊を原因とする病気には現代薬で対処できるものはなく、それにこだわると薬害で命取りにさえなりかねない。

 これまでにもいくつか紹介してきたこの古神道の病気に対する呪術は霊祓い、浄化の手法である。
 必ず効くとは断言できないが、少しの手間だけで、薬を飲まずに解熱できれば身体への負担も少なく幸いだと思うのでここに記しておきます。


 【風邪を治すまじない】
 朝、少々の焼き味噌を作る。同時に、煎じたての香りよいお茶を用意する。
 茶碗に入れたお茶を持って、玄関に行き、玄関の敷居に焼き味噌を置いて、呪文を小声で唱えながら、焼き味噌にお茶をかけて玄関の外に流す。
 「二端(にばな)の茶をあげるから出ておいで」
 流したら、戸を閉めて、振り返えらずに居間に戻る。
 焼き味噌とお茶の香りに誘われて、風邪はいずこへと去って行く。

 また、おまじないじゃないんだけど、その呪文の後に湯呑みにわずかな醤油を入れて、そこに熱いお茶を注いで飲んで床に入る。


 この時期の風邪には皆さん、くれぐれもお気をつけて下さい。

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